紅葉の舞う教室

~季節の風を吹き込む~

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一人なら

 04, 2016 21:34
今までの当たり前が崩れた。
一冊の本によって。
「誕生日を知らない女の子」
親からの虐待によって施設に引き取られた子供についての本だった。
はじめ、「虐待だと思わなくても、何かしらおかしいということはわからないのか」
そう思った。
しかし、読み進めていくうちにその考えは影のように消えていき、違う方向から現れた影によって私は覆いつくされた。
分かる訳がないのだ。
だって、私がそうなのだから。

当たり前というのは脆くて、非常に軽い。
なのに私はそれを支えにしているのだから、いとも簡単にその支えを失って生きがいを失くしてしまう。
しかも、虐待に関しては「今」に留まらない。
虐待を受けて育った人は親になったときに同じことをするという。
私にはその兆候があった。飼っていたペットも、何度そのことで殺したことか。
私は、怖気づいた。
未来まで犯されたような気がしたから。

何故、あなたは私を認めてくれなかったのかな
どうして、辛いことがあったときに私にあたったのかな
ねえ、大人はお酒飲んで忘れる、なんて方法があったと聞いたよ
じゃあさ、私たちはどうすればいいの?
お酒飲んじゃいけないし、タバコもダメ。
真面目でいることを求められるから、目立つ行動だって制限される。
ねえ、教えてよ。
結局、自分の体に血を刻み込ませることしかできないよ。
それもダメ。
なあ、じゃあどうすればいいんだよ。
死ね、を強要させる親から逃げたくて、とにかく親から逃げた。
親の言うとおりになる、リモコン付きの人形にはなりたくなかった。
指示通りの人形になりたくない、その一心で、とにかく遠い所に行った。

頼むから、よそはこうだから、あなたもこうしなさい。
親戚からにらまれるから、あなたはこうしなさい。

ふざけるな。
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